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cocomat's BLOG わかってないひとの書評

このブログは、本や美術展等の感想とその他ムラムラっとした雑記も交えてお送りいたします。

【サイモン・フジワラ|ホワイトデー】作品にメッセージを付与するということ【美術館】

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以前ハンバーガー屋さんでめちゃくちゃにうまいハンバーガーを食べてる時に、隣の席にカップルが来たんです。大学生くらいの。男のほうがヴィトンのバッグを持っていて、「男でヴィトンとか珍しいな」なんて思ってたら、それがどうやら彼女のだったらしく。男の見える所に荷物入れのカゴがなかったんです。女から見えるとことには開いてるかごがあったのですが。

「ねぇ。このバッグ、地べたにおいていい?」

「え…。ヤダぁ。」

「わかった。じゃあ足の上に置くよ。」

…。

こんばんは。コマツです。

例によって美術館に行ってきました。お口直しとでもいいましょうか。オペラシティに行ってきました。

文章ありきの展示。メッセージにおける作品の役割とは。

コマツは社会風刺的などのある種のメッセージのような意味を含ませた服が嫌いです。それがパンク等の流行として機能しているものであれば話は別ですが、1ルック単位で、例えばHISUIの原発ドレス等の服単位、コレクション単位でいかにもそれらしくメッセージを落とし込まれると虫唾が走ります

しかし現代美術はとても好きで。おそらくなんの予備知識がなくてもあまり構えずに楽しめるものが多かったり、美術館などではガイドや、作品に添えてあるテキストがとても詳しかったりとその場で解決できるからかもしれません。そこにはそれこそ社会に対する批判の意味を持った作品も多くあるのです。

この差は何なのだろうと思った時に、その作品における主役の差なのかなと思いました。服の場合はあくまで主役はそれを着る人であり、人が来て初めて成り立つものです。そうなるとまず注目はその人の顔に注がれるわけで、服は二の次となります。それに比べ芸術、例えばオブジェのようなものがあったとするとまず作品に目が行き、美術館ならばそこでタイトルや説明がついてきて、いい作品ほどそのメッセージが作品によって強調されより効果的な表現になります

服だってマネキンに着せてタイトルと説明をつければ同じような効果は得られますが、その時点で服の形をした芸術であって、服ではないのです。展示するなら構いませんが、人に着せるなら、プラカードをもたせたほうが効果的ですし、展示するにしても服の形よりも効果的なモノのほうが多いでしょう。服そのものにメッセージを付与することほど不毛なことはないのです

そして今回の「サイモン・フジワラ|ホワイトデー」はそういった点で、非常に親切でわかりやすく、バリエーションに富んだ展示でした

サイモン・フジワラ ホワイトデー|東京オペラシティアートギャラリー

押し付けがましくない、自分のペースで楽しめる現代美術

美術館に入るとまず、チケットの半券と一緒にフロアガイドが渡されます。「足元に十分注意してください。」という注意事項を聞いて部屋にはいると、スペース全体に点々バラバラと作品が置かれています。壁や作品のそばには作品を説明するボードのたぐいはなく、手元のフロアガイドを元に鑑賞しなければなりません。

ありとあらゆる角度から作品を鑑賞しつつ、気になったタイミングでその作品の説明を読む。するとそこには一言で完結した説明から、教科書のようにわかりやすい説明文、日記のような文章まで、幾つもの作品の説明が書かれています。本当に説明無しでは気づかないような「え、何でここに靴が落ちてるの?」といったものまで実はいろいろな歴史や物語が込められていたりします。

作品に対する思い入れをアーティスト自身から直接聞いているような感覚になる、非常に素敵な展示でした。

 おやすみなさい。

 

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